『月刊 井川遥』『月刊 真木よう子』など、かつて一世を風靡した伝説の写真集『月刊シリーズ』が2018年4月から小学館で復活。その第1弾は、女優の二階堂ふみが写真家として人気ファッションモデルを撮影した『月刊モトーラ世理奈』であった。そして復活第2弾でも二階堂ふみが、水曜日のカンパネラのコムアイの一糸まとわぬ姿を撮り下ろした衝撃的な内容となっている。二階堂ふみがなぜ写真家デビューに至ったのか? 雑誌『スピリッツ』の企画で撮影中の二階堂ふみを直撃。現在の出版界は空前のアイドル写真集ブームだが、自身が撮られる側だからこそ気づいた、異なるベクトルでの“理想の写真集”を目指していた。

【写真】二階堂ふみが撮影したコムアイ写真集表紙カット

■伝説の写真集『月刊シリーズ』への想い 「コムアイという作品を作る女の子を撮りたかった」

――「月刊」シリーズ復活の第1弾のモトーラさんに続き第2弾『月刊コムアイ』も二階堂さん撮影になります。もともと「月刊」シリーズに対して二階堂さんは思い入れがあったのでしょうか?
【二階堂ふみ】やっぱりありましたね。私自身、19から20歳になるときに熊谷直子さんに『月刊二階堂ふみ』を撮っていただきました。女性の知られざる一面であったり、裏の顔であったり、逆に裏だと思ったのが表だったみたいな、そんな風に被写体の一面を見られるシリーズだと思っていました。

――復活第1弾のモトーラさんの時は、二階堂さんが連載企画を持っていたNYLON JAPANの撮影がきっかけだったのでしょうか。コムアイさんはどのような経緯で撮られることに?
【二階堂ふみ】はい。コムちゃんもNYLON JAPANで撮らせて頂いたことがありました。その企画の後に話に上がったんです。大学の先輩でもあるんですけれど、実は、あんまり大学での関連性はなくて。全然違うところで仲良くなって、って感じだったんです。

――コムアイさんのどんなところを撮りたいと思ったのでしょうか?
【二階堂ふみ】コムちゃんは、すごくまっすぐで、すごくまっとうな人で、ものすごくシンプルな方。“強さ”とかだけじゃなくて、人としての繊細さであったり、目の前にいる人のことをその場ですぐふわっと感じ取るような不思議な方なんです。そういう女性らしさや、人間としての面白いところも含めた“彼女が持つパワー”を1度ちゃんと撮りたいなって思ったんです。

■写真家として、純粋に被写体の“素顔”に惹かれる

――結果、コムアイさんはヌードに挑戦する形になりました。全部さらけ出してるというか、かなり話題になるのではないかと思うのですが。
【二階堂ふみ】そういう“話題性のある写真”を撮りたかったわけではなくて。コムちゃんが私に全てを任せてくれていたので、最初から壁もなかったからグッっと近づけたような気がします。

――「嘘」っていうタイトルも印象的ですね。撮影の時に二階堂さんが「これが全部嘘だったら」とおっしゃっていたそうですが、「嘘」っていうタイトルに込めた思いは?
【二階堂ふみ】なんというか…コムアイちゃんも「個性的な人だ」っていうパブリックなイメージが出る方だと思うんです。そういったアーティストとしての面としてもすごく好きなんですけれど、1人の女の子として生きている彼女がすごくかわいくて素敵だなと思っていたんです。そうしたピュアな部分が実は核になっています。

 ある意味、エンターテインメントやアートは、フィクションのように“嘘”から始まるものであったりする。だからスタジオで気合入れて撮るカットは、 “水曜日のカンパネラのコムアイっていう作品を作っている女の子”みたいな感じで撮れたらなっていう風に思っていました。

―― 一方で、ホテルのお風呂の写真が印象的でした。二階堂さんが“赤ちゃんみたい”って言っていた、あのコムアイさんの表情は二階堂さんとの距離感だったから撮れたものなのかなと思いましたが。
【二階堂ふみ】楽しかったです(笑)。撮影期間は、一緒のお風呂に入りましたし、一緒に寝て、起きて、メイク落とさないで寝てしまったり…。朝は、メイク落とすところから2人とも始めて、泊まっていろいろな話をしていました。東京の都心にいるんだけれど、ちょっと地上から離れたところにいるというか、日々の喧騒からエスケープしたような時間を共有しましたね。

■撮られる側だったからこその想い「被写体との“関係性”が映る写真を」

――過去ご自身の写真集もプロデュースされていましたが、写真集に対して二階堂さんはどのような思い入れがありますか?
【二階堂ふみ】写真集は、その時の流行や一過性のものを出せたりもするし、それが振り返ってみると恥ずかしいものになったりするときもあるんですけど…。そういうのも含めて、こういう表に出る仕事をしている人は、なにかしらの形で“自分がこうであった”ことを残したり世に発信することに価値があると思っていました。1作目のモトちゃんも、コムアイちゃんもきっと10年後はもっと違う人になっているかもしれない。そういう変わる時期であったりとか、 “その瞬間”みたいなものにすごくときめいていました。

――二階堂さんは女優さんで、ご自身の写真集とかも出版されて、“撮られる側”だからこそ、”自分だったらこういう風に撮りたい”というような不満などがあったのかと想像しましたが。
【二階堂ふみ】そういう不満めいたことからのスタートではなかったです。 “この人と私だから撮れる”っていう一期一会的な感覚は、自分が被写体側であるときもすごく感じていました。この人だとこういう表情が自然と出てくる、こういうことができる、それは自分が勝手に出しているものじゃなくて相手の方がいてできることだと思います。そういう“関係性”を切り取れればいいなと思いながら撮影していました。

■二階堂ふみ流のコミュニケーション 言葉より感覚で繋がりたい

――写真には被写体との“関係性”が映るといいますね。きっと、二階堂さんはコミュニケーション能力が高いんだろうなとも感じました。
【二階堂ふみ】本当ですか?ありがとうございます。でも、例えば、別にそれが嫌とかじゃないんですが、以前「もっと普通に歩いて」って言われたときに、普通って何だろう?と思って。自分にとっての“普通”がこれなんだけど…みたいなことがありました。そういうのってお互いの“普通”の感覚が違ったりすることもありますよね。

 だから、私はどちらかと言えば自分が逆に撮る側の方の気持ちが少しだけわかるようになったのは、言葉よりもその時の空気感の共有というか…「今日暑いな」「寒いな」「冷たいな」とか、「おいしい」とか、苔、花…。そういうのでつながっていった方が私は結構コミュニケーションがとれるのかもしれないです。

――写真家としては、ロケの方が感覚に合っている、ということでしょうか?
【二階堂ふみ】「嘘」っていう今作のタイトルは、逆に感覚を共有するコミュニケーションじゃないところに一緒に挑戦しましょう、っていう意味もあったんです。そういう意味では、スタジオでの撮影っていうのは、“共通言語を持たない環境”で撮れるという選択肢でもあると思います。すごく相手が緊張しているのもわかります。でも、緊張している瞬間も撮れるのが写真の良さですよね。

■写真家・二階堂ふみは継続 10年分の撮影カットを集めて写真集を作りたい

――二階堂さんは、今後も写真集を撮り続けるのでしょうか?
【二階堂ふみ】続けて行けたら…と思っています。カメラを教えて頂いている師匠から感度下げてくださいとか、上げてくださいみたいな指示を未だにいただきながらやってる状態なんです。

――二階堂さんにとっての理想の写真集とはどんなものでしょうか?
【二階堂ふみ】2年前の22歳が、仕事を始めて10年っていうタイミングだったんですけど、32歳のタイミングで10年間撮り溜めた写真をまとめて写真集作りたいなっていう風に思って、そこから日常的にカメラを持ち歩いてプライベートで本格的に撮るようになりました。自分の写真だけでなく、誰かにカメラを預けて撮ってもらったりとか、そういう写真が結構いいなって思います。長い時間かけて撮ったアルバムとかもそうだし、だからこれからも撮り続けていきたいなと思います。
「被写体との関係性を写したい」と、写真についての想いを語った二階堂ふみ 


(出典 news.nicovideo.jp)

二階堂 ふみ(にかいどう ふみ、1994年9月21日 - )は、日本の女優、ファッションモデル、タレント。沖縄県那覇市出身。ソニー・ミュージックアーティスツ所属。 幼い頃より映画好きの母に連れられて映画館へ足を運び、映画女優を志す。12歳の時にフリーペーパー『沖縄美少女図鑑』Vol
42キロバイト (4,965 語) - 2018年6月13日 (水) 06:18



(出典 geinoutopics.com)


撮られる側から撮る側へ・・・

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